八百比丘と身払きの道祖神(やおびくとみはらきのどうそじん)
伝説の地(共興地区東小笹)
昔、東小笹小泉の里に、名主の娘で八百姫(やおひめ)という綺麗な娘がいた。
名主は、龍神(りゅうじん)を深く信仰していたので、毎日海岸に出てお祈りをしていた。ある日のこと、いつものようにお祈りをしていると龍神が現れ、
「日頃、お前の信心深いのには実に感心している。今日は龍宮城(りゅうぐじょう)へ招待しよう。私の後について来なさい」
と言った。
信仰厚い名主は、招かれるままに龍神の後をついて行った。青い瓦、朱塗(しゅぬ)りの柱、美しい彫りもので飾った回廊(かいろう)、今まで見たことのない、宮殿であった。
珍しい飲み物や食べ物、それにすばらしい音楽、美しい踊り。名主は、龍神から手厚い持て成しを受けた。何もかもが夢を見ているようで、いつの間にか、数日がたってしまった。
今日は庚申(こうしん)の日、村人の集まる日なので、名主は龍神に別れを告げることにした。
「そうか、それでは別れにいつまでも若く、死ぬことのない魚をごちそうしよう」
と龍神がいった。
名主は、飛び上がるほどに喜んだ。
「いつまでも若く、死ぬことがないなんて、こんな幸せなことはない」
と思った。
驚いたことに、その魚は頭が人間で、尾の方が魚であった。つまり、人魚だったのである。料理される時、目から涙を流し、人間の声で泣いていた。
やがて、食卓にその料理が出された。透通るような白い肉の料理である。名主は、なかなか食べる気にはならなかった。
涙を流して、殺さないでくれと頼んでいた様子が思い浮かんで、どうしても箸(はし)が動かない。しかし、龍神のせっかくの好意なので、土産(みやげ)にもらって帰ることにした。
名主は、いつもの見慣れた海岸に辿(たど)り着き、土産を小脇(こわき)に家路を急いだ。途中でふと、不思議な魚のことを思い出し、気味が悪くなって、道祖神(どうそじん)の傍の藪(やぶ)の中に捨ててしまった。
その晩は、ちょうど庚申講(こうしんこう)が開かれていて、大勢の人々が名主の家に集まっていた。
すると突然、そこへ青ざめた顔をした名主が帰って来た。村人は、幾日も行方が判らなかった者が、突然帰って来たので大変驚いた。
姫は、父の様子が変なのに気づき、どうしたのかと問いただした。名主は、他の誰にも語らないとの約束で、龍宮城へ行ったことや、食べるといつまでも若く、死ぬことのない魚のことなどを打ち明けた。
この話を聞いた姫は、
「死ぬることがなく、いつまでも綺麗なままでいたい・・・・・・・」
と、是非その魚を食べてみたくなり、居ても立ってもいられなくなってしまった。
姫は、そっと家を抜け出し、道祖神の傍の藪で不思議な魚を食べてしまった。
この地方の習慣で、庚申講の夜に肉を食べると神々の怒りにふれて、村が死に絶えると伝えられていた。姫が、肉を食べたと知れた時、村人は驚き、恐れおののいた。
そして、何とか神々の怒りにふれないようにと相談した結果、姫を尼にして、神々に詫(わ)びようと決めた。たとえ名主の娘であっても、村人の決めたことに反(そむ)くことは出来ない。姫は一人寂しく諸国巡礼(しょこくじゅんれい)の旅に出て、自らの罪を詫びたのであった。
やがて、若狭(わかさ)の国に住みつき、八百比丘尼(やおびくに)となって、世にも珍しく長生きしたそうだ。
名主が、人魚の肉を捨てた藪を“身払きの道祖神”といい、今も小さな祠(ほこら)が建っている。
原話 匝瑳郡誌、房総の史実と伝説、房総の伝説
※ 今でも若狭地方に、八百比丘尼という伝説が伝えられているので紹介します。
人魚と八百比丘尼
昔、若狭の小浜(おはま)に高橋の長者と呼ばれる人がいた。
ある時、人魚が網にかかった。網主は、長者や知人を招いて賞味(しょうみ)の宴を開いた。
しかし、誰も気味悪がって箸をつけない。仕方なく、土産にしてみんなに配った。
高橋の長者は、気味が悪いので、帰りに捨てるつもりでふところに入れた。
ところが歩いているうちに酔が回って、つい捨てるのを忘れ、家に持ち帰ってしまった。
長者の娘の八百姫は、これを見つけ、おいしそうだったので、ひと口食べてみた。舌が蕩(とろ)けるようなおいしさなので、ついついみんな食べてしまった。
姫は、その時十六、七歳。それからは少しも歳をとらず、幾百年たっても瑞々(みずみず)しい若さでいたそうだ。
百二十歳の時、次から次へと死んでいく人々を見て、世の中の無常を悟り、尼となった。そして、諸国をめぐり、各地の社寺を修理したり、道路を拓(ひら)き、橋をかけたりした。
八百歳のある時、つくづく生きることに厭(あ)きた比丘尼は、後瀬山(ごせやま)のほら穴に入って数日後に亡くなったそうだ。
日本伝説集 武田静澄著
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