飯高寺(飯高檀林)は、匝瑳市の中心から北方約8kmの舌状台地に造られた、法華宗(日蓮宗)の学問所です。敷地は67,667㎡を有し、うっそうとした杉林が歴史の重みを感じさせてくれます。

天正元年(1573)、要行院日統が匝瑳市飯塚の光福寺に学室を開いたことが檀林の全身とされています。後に京都から教蔵院日生を招いて、天正7年(1579)、土地の有力者平山刑部の後援を得て、学室を当地の妙福寺に移しました。これが飯高檀林の発祥で、僧侶の教育と宗学を研究し、極めることを目的として開設され、翌年(1580)には現在の土地に移っています。その後、全国に諸檀林ができはじめ、関東八大檀林、関西六大檀林へと発展します。

檀林とは栴檀林の略語で、僧侶の集まりを栴檀の林に例えた、つまり寺院の尊称であるとともに仏教の学問所を意味します。

このように学問所として開かれた飯高檀林も、明治5年の「学制」発布により同7年に廃檀となり、294年間の歴史を閉じることになりました。その後、いくつかの建物は、売却や取り壊されたものの廃檀当時のままの状態で、よく保存されています。

なかでも講堂・鐘楼・鼓楼・総門は、昭和55年に国の重要文化財に指定されています。国指定の4棟は、平成の2度の修理で当時の姿に復元されています。また、檀林跡として境内全体が県指定史跡(昭和50年指定)となっています。

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総門(そうもん)

規模

間口 4,705m、脇門 1,915m

形式

腕木門

建立

延宝8年(1680)新造。現在のものは、天明2年(1782)新造。

題目堂(だいもくどう)

規模

間口 7,575m、奥行 6,590m

形式

木造寄棟造

建立

18世紀頃と考えられている。

用途

四教儀部から集解部に上級するには、「新談義」という試験があった。その試験に合格するように、と祈願した場所。

鐘楼(しょうろう)

規模

間口 3.21m、奥行 3.493m

形式

木造入母屋造

建立

寛文頃(1661~1672)再建

梵鐘

寛永16年(1639)秋寄進。鋳造は、武州江戸神田鍛冶町2丁目鋳物師山田和泉掾吉貞によるものときざまれている。

鼓楼(ころう)

規模

間口 2,827m、奥行 2,899m

形式

木造入母屋造

建立

享保5年(1720)新造

用途

講堂に学徒を呼集するため打ち鳴らした。

一切経蔵(いっさいきょうぞう)

規模

4.547m四方

形式

木造寄棟造(モルタル塗装は昭和24年頃)

建立

寛文12年(1672)新造、現在のものは天明2年(1782)新造。

用途

経文・蔵書の収蔵庫として使用

講堂(こうどう)

飯高寺講堂

規模

間口 26.72m、奥行 16.23m

形式

木造寄棟造

建立

火災にあい、慶安4年(1651)13世寿量院日祐のとき再建。

備考

県内で一番大きな重要文化財の建物(ペーパークラフト

立正大学発祥の碑

飯高寺の森

檀林の修学課程

飯高檀林を今の学校にたとえると、「大学」としてみることができますが、初等教育課程から専門研究課程に至る8階級が設置されていました。

  1. 名目部
  2. 四教儀部
  3. 集解部
  4. 観心部
  5. 玄義部
  6. 文句部
  7. 止観部
  8. 御書科

の、8課程で名目部に入学して、全課程終了まで36年間もの期間を要したといわれます。
今日の学校のように学期があったわけではなく、年に6ヶ月間学ぶという方法がとられ、そのうち3ヶ月間は自分で学習(説法など)しなければ単位が取得できませんでした。また、病気などで1日でも講義に欠席すると、進級できなかったようです。この講義のある日を「物読日」といっていました。

檀林の管理組織

檀林の最高責任者を「化主」といい、これは現在の学長に当たる職です。教授陣を「能化」、庶務及び教授の補佐役を「上座部」と言っていました。大きく分けると以上の組織から成り立っていましたが、このうち上座部は檀林の最終課程にある止観部から上位5名が選ばれ、一老・二老・三老・四老・五老とに分かれ、講義を補佐し、または学徒の生活行儀指導の推進者でもあったようです。
こうした管理組織の中で教師も所化(学徒)と起居を共にして、学問・日常生活を通じ、研鑽をかさねました。学徳の優れた有力な能化や、上座が中心となって学寮を増築するなどし、徐々に規模を拡大し、享和3年の(1803)の「御由書明細書」によると、59軒の学寮がたちならんでいたと書かれています。

檀林の地位

法華宗学徒の教育機関(檀林)は主に関東、関西方面に創設されていきましたが、飯高檀林がその中にしめる地位は、檀林間の編入学の取り扱いに明確に示されています。それによると、下総の中村檀林(現在多古町南中)の止観部(大学院程度)から転入した場合は、一課程下の文句部の最末に編入され、また関西の諸檀林から転入してくると、教授格の者でも助手格まで落とされています。以上のことから、数ある諸檀林のうちでもその優位性ははっきりと示され、法華宗の中における最高で最大の学問機関として位置づけることができます。

地図

飯高寺周辺案内図(飯高地区全体) [2939KB pdfファイル]   

飯高寺周辺案内図(みどころ特選6地点) [2834KB pdfファイル]