田祖白石稲荷大明神(たそしろいしいなりだいみょうじん)
伝説の地(飯高地区)
椎名右馬丞時兼(しいなうまじょうときかね)が、飯高村を治めていた時代に
害虫がたくさん発生して毎年穀物が被害を受けていた。村人たちの食べる物
さえ不足する始末で、そのうえ、どろぼうが横行(おうこう)して困り果てていた。
時兼は、螟虫(めいちゅう)の災いをなくし、平和な村になるようにと、神社や
寺に願(がん)をかけた。
寛弘七年二月二日(1010)の夜、天より水晶のような白石が、時兼の庭
に降ってきた。家来が、うやうやしく時兼に差し出した。時兼が手に取り白石を
みると、
「田祖稲荷大明神(たそいなりだいみょうじん)」
の七つの文字が読み取れた。
時兼は、天を仰ぎ、そして地に伏して、神明(しんめい)の霊験(れいけん)あ
らたかなことに感心した。
さっそく、工匠(こうしょう)に命じて、城北に宮殿をつくり、白石を置いて、田
祖稲荷大明神とした。そして、益々、信仰を厚くしたそうである。
これより後、冷害に合うこともなく、螟虫の災もなくなり、温暖な陽気が続き、
すべての穀物が豊作になり、みんな幸せに暮らしたそうだ。
穀物を護ってくれた神さまということで、別名を五穀稲荷大明神(ごこくいなり
だいみょうじん)とも言われている。
原話 八日市場市の沿革と人物
登録日: 2006年7月25日 / 更新日: 2006年7月25日



