火傷塚(かしょうづか)
伝説の地(中央地区米倉・須賀地区横須賀)
その昔、米倉村と横須賀村で毎年のように土地の境界をめぐり争いが続い
ていた。
その頃の米倉村と横須賀村の境は、乾草沼(ほしくさぬま)や赤沼(あかぬ
ま)などの湿地帯になっていた。当然、水路などは整備されていない時代のこ
となので、沼は二つの村の水源池であり、また排水のための沼であった。つま
り、これらの沼の所有権を得るか否かは村人にとって重要な問題であった。
争いは、毎年のように起こり、この地方を治めていた代官もほどほど手を焼
いていた。何とか間に入って取り決めをするのだが、代官が変わるとすぐまた
争いが起こるのだった。
そんなある時、大きな争いが起こりどちらの村も、主張を譲ろうとしない。話
し合いも一向に進まず、時の代官は本当に困ったようだ。そこで最後の手段と
して、火渡(ひわた)りの裁判をすることにした。火渡りの裁判とは燃え盛る薪
(たきぎ)の上を渡る裁判で、無事に渡ることができたら無罪になるものだ。こ
の方法を使って、どちらの村の言い分が正しいのか判断しようというのであ
る。
「米倉村、横須賀村の争いは、双方の代表による火渡り裁判で決着をつけ
る。時は、六月一日夕刻、所は乾草の島」
両方の村に、お触(ふ)れが出された。二つの村は蜂の巣を突っついたよう
な騒ぎである。名主を中心にどうしたらよいのか何度も相談を重ねた。
横須賀村では、良い考えが浮かばないので長徳寺の和尚(おしょう)に相談
することにした。
「み仏にお縋(すが)りすることじゃ、わしがお経を書いてやろう。三、七、二
十一回、お経を唱えながら、この紙で足を拭くのだ。ご本尊にあげた線香
の灰をあげよう。これを顔、手、足につけ、お経を唱えながら渡るのじゃ」
一方、米倉村では代表を決めただけで、その裁きにのぞんできた。
そして当日、乾草の島には、暮れゆく空を焼くかのごとく篝(かが)り火(び)
がたかれた。やがて双方の村人が集まり、島の中央に薪を並べて火をつけた。
いよいよその時が来たのだ。
命を賭(か)けた裁きの時、夕闇
の中、緊張感が漂い咳一つ聞こえ
ない。ただ篝(かが)り火の燃え盛
る音だけが響いている。
顔面蒼白(がんめんそうはく)の
代表二人が代官の前へ出てきた。
「村のためにがんばれよお-」
「村のために勝ってくれ-」
みんな、心の中では叫びながら
も、あまりに凄まじい光景のため
に、凍りついた人形のように動か
ない。
中央の薪は、やや火勢が衰えたとは言え、真っ赤な火が、めらめらと不気味
に地面を這(は)っている。
くじ引きの結果、米倉村が先と決まった。代表の者の顔には、冷たい汗が流
れ落ちている。首にも、手にも、足にも・・・・・・・・・。
代官の合図とともに、米倉村の代表は目を閉じて火の中へ入って行った。一
歩、二歩、・・・・・・・・・。足の裏に火がついて燃えている。顔は歪(ゆが)み、
油汗(あぶらあせ)が流れ、拳(こぶし)が上げられ、まるで夜叉(やしゃ)のよう
である。三歩、四歩と進んだその時、
「うーう」
と叫んで、その場へ倒れてしまった。
横須賀村の代表は、この様子を見ていて震えが止まらなくなってしまった。
「前へ!」
代官のするどい声に、はっとわれに帰り、前へ進み出た。白装束(しろしょうぞ
く)の巡礼姿である。手には、数珠(じゅず)と白い紙と線香の灰を持っている。
そして、火の前で座禅を組んで座り込んだ。
「南無遍照金剛(なむへんじょうこんごう)・・・・・・・・・」
お経を唱えながら、足のひらを紙で擦(こす)り始めた。すると、不思議なことに
震えも止まり、さわやかな気持ちになってきた。
「南無遍照金剛・・・・・・・・・」
また、お経を唱えながら線香の灰を顔や、手や、足につけた。
そして、立ち上がった。大勢の人々は、赤い炎に照らし出されたこの者の姿
を見てびっくりした。実に落ち着いたその姿は、まるで仏のようなのだ。
「南無遍照金剛・・・・・・・・・」
また、唱えながら一歩、二歩と火の海へ入り始めた。不思議にも、足のひらで
燃え上がる炎をおさえつけるように消している。足が離れた時、また燃え上が
っている。火の中を歩くその姿は、不動尊が歩いているようだ。
裁判の結果は、横須賀村の言い分がとおり乾草沼も、赤沼も横須賀村の所
有と決まった。
村の運命をかけた裁判に勝ったのだから、喜びの歓声が上がるかと思われ
たが、あまりにも不思議な出来事に誰も声が出なかった。
米倉村の代表は、火傷(やけど)がもとで間もなく亡くなってしまった。村のた
めに命を賭けて果てた者の冥福(めいふく)を祈り、乾草の島の見える砂子山
(いなごやま)のふもとへ塚をつくり、手厚く葬(ほうむ)ったということである。
原話 そうさの伝説とむかし話



